横浜地方裁判所へ行ってみた2(あはき法19条をめぐる裁判)

いつもご愛顧いただきありがとうございます。
今日は前回少し触れたあはき法(正式名称:あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師等に関する法律)19条をめぐる裁判について、私自身の体験や感じたことも交えて書いてみたいと思います。

あはき法19条とは?
19条1項にちょっと長くて読みにくい条文がありますが、ざっくり言うとこうです。
「視覚障害者の職域を守るため、晴眼者(視覚に障害のない人)向けのあん摩マッサージ指圧師の養成施設(専門学校など)の新設は、当分の間、認めません」

あはき法自体は戦後まもなく成立しましたが、この改正が行われたのが昭和39年で、以降、晴眼者が新たに「あん摩マッサージ指圧師(以下、あマし師)」になるための養成校は、新設が認められていないという状況がずっと続いています。
ちなみに、「はり師」「きゅう師」についても、かつては同じような扱いでしたが、1998年に「鍼灸科の新設を認めないのはおかしい」との裁判で国が敗訴し、それ以降、鍼灸の養成校は一気に増えました。でも増えすぎて、生徒が集まらずに廃校になる学校も少なくないという皮肉な結果に…

あはき法19条をめぐる裁判とは?
こうした背景の中で、鍼灸科のみを持つ学校が「あマし師」養成科の新設申請を出したところ、厚生労働省に却下されます。これを不服として、東京・仙台・大阪の3か所の地裁で、国(厚労大臣)を相手取って行政訴訟が起こされました。

争点は主に2つ:
「職業選択の自由」(憲法22条)を侵害していないか?
「当分の間」とは言うけれど、もう50年以上経ってるよね?

この裁判は一般的には注目度はそれほど高くなく、私自身も視覚障害者になっていなければたぶん関心を持つことはなかったと思います。
日本には江戸時代から盲人保護の文化が根付いており、鍼灸や按摩は盲人の職域でした。現在日本で一般的に行われている鍼術(管鍼法)の創始者は杉山和一という盲目の鍼灸師・按摩師で、後に視覚障害者への職業教育に尽力し、世界初とされる盲人鍼灸教育施設「杉山流鍼治導引稽古所」を開設、「鍼灸あん摩の神様」とも呼ばれています。5代将軍・徳川綱吉から信頼され「関東総検校」の位に任ぜられました。
私は40代まで晴眼者として生活していましたので、どちらの言い分もわかり、裁判の行方が気になっていました。

裁判の結果は?
結論から言うと、東京・仙台・大阪の各地裁すべて国が勝訴。
控訴→高裁でも国勝訴→上告→最高裁でも国勝訴。
まさに国側の全面勝利となりました。
つまり、「あマし師」養成校の新設は、今もなお「当分の間、認めない」という国の方針が維持されています。

東京地裁での判決の日は2019年12月16日。私も東京地裁に足を運びました。裁判所には視覚障害の方が大勢集まり、傍聴希望者があふれ、私は抽選に外れて法廷には入れませんでした。判決は第103号法廷。ロビーには抽選に漏れた人があふれていて、判決の瞬間、法廷の中から大きな拍手が沸き起こり国の勝訴を瞬時に悟りました。
(※本来、法廷内では拍手も私語も禁止です。それでも、国側が勝訴したと知れた瞬間の“感情”が溢れてしまったのだと思います)

晴眼者と視覚障害者、それぞれの資格事情
通常、3年通えば「あマし師・はり師・きゅう師」すべての資格が取れる養成校もあります。ただし、晴眼者がそれを目指すには生徒数の枠が限られていて、実際には鍼灸だけ(いわゆる「鍼灸のみ師」)を目指す人が多数。
一方、視覚障害者はというと、全都道府県に必ず1校はある視覚支援学校(盲学校)に「保健理療科」と「理療科」というのがあり、どちらも3年の全日制というのは同じですが、「保健理療科」はあマし師のみ、「理療科」ははり師きゅう師とあマし師の全部の資格を取得できます。全部とれるなら「理療科」だけでよくない?、と思うかも知れませんが、勉強量が全然違うのです。生徒はほぼ中途視覚障害者ですが、人によっては文字を読むのが困難だったり、あるいは全く読めなくなってたりで勉強が非常に大変な場合が少なくありません。そんな人はよりハードルが低い「保健理療科」を選択します。また始めは「理療科」に入ったものの勉強がきびしく「保健理療科」に移る人もいます。視覚障害者はあマし師の資格が取りやすく、はり師きゅう師の資格は少し難易度が高いという晴眼者と逆の状況になっています。

「あはき師」(あマし師、はり師、きゅう師の全ての資格を持つ者)・・・視覚障害者、晴眼者
「あマしのみ師」・・・視覚障害者多数
「鍼灸のみ師」・・・・ ほぼ晴眼者のみ

視覚障害者とその他の障害者の違い
現在では障害者雇用枠というのがあり、公務員でも一般企業でも一定の割合で障害者を雇用しなければなりません。しかし、視覚障害者に関しては事務仕事も軽作業も難しく厳しい現状があります。就労支援A,B施設でも視覚障害者が利用できる施設は非常に限られています。全障害者(寝たきりの重度障害などは除く)の中で視覚障害者の引きこもり率が一番高いと聞きます。そんな中で視覚支援学校は視覚障害者の社会復帰の最後の砦になっています。「保健理療科」はその中でも本当に最後のセーフティネットです。ここでダメだったら、以後の社会的自立は難しく、親族か福祉のお世話になるしかありません。
「あマし師」は視覚障害者が就ける数少ない職種の1つです。

晴眼者のあマし師が増えたらどう変わるのか?
現在多くのあマし師が保険適用の訪問マッサージに従事していますが、この業種は晴眼者の増加の影響が大きいと思われます。視覚障害者の最大のネックとなるのは移動で、訪問先を自力で周ることが困難なため雇う側は専属のドライバーを付けています。現状はそれでも需要の方が上回っているため視覚障害者のあマし師が一定数雇用されています。晴眼者は自力で移動できるので、雇う側にとってはコストも手間も少なく、視覚障害者の雇用が減る可能性があります。
また、かつては病院で働くあマし師が多くいましたが、現在はリハビリ職は理学療法士にとって代わり、医療点数もマッサージはずいぶん低く、病院としては(俗な言い方をすると)儲からないので、今ではほとんどいなくなりました。これは晴眼者のあマし師の増加とは無関係にあマし師の職域が減った例です。

ヘルスキーパーという働き方
そんな中、あマし師の資格を取った視覚障害者の進路で増えてきたのがヘルスキーパーという職種です(これは地域性もあると思いますが、都市圏ではヘルスキーパーが多いです)。どういうものかと言うと、企業の中にマッサージルームを作り、そこでその企業の従業員を相手にマッサージを行います。企業にすれば障害者雇用枠を埋められ、社員の福利厚生の充実、社会的に好イメージを持たれる、などメリットがありますし、視覚障害者にとっては安定した職場が得られ(障害者雇用枠が義務化されているような企業は名だたる大企業ばかりです)、従業員は業務中にマッサージを受けられ、とまさにwin-win-winです。
ヘルスキーパーで週1施術を受けた従業員は業務効率が3.5万円分上がり、受けない人は逆に3.5万円分下がる、という論文を見たことがあります。10人だけでも企業に70万のプラスがあり、つまりヘルスキーパーの給料は70万でも安い、というものでした。
障害者雇用枠を埋める、という企業側の思惑は叶わないので、あマし師の資格を持っていても晴眼者はヘルスキーパーに採用されません。その点からヘルスキーパーが社会にもっと浸透することで仮に晴眼者のあマし師が急増しても、ある程度視覚障害者の雇用は守られるように思います。現状ヘルスキーパーのお給料は特別良いわけではないですが、とても良い制度であると思います。

無資格マッサージ店をめぐる問題
最後に少しだけ…
「マッサージ」は本来、国家資格(あマし師)を持つ人だけが業として行えると法律で定められています。でも現実には、「○○マッサージ」や「もみほぐし」「リラクゼーション」「整体」など、無資格の施術所が街にあふれているのが現状です。「整体院」で「整体師」を名乗る人が従事していますが、「整体師」という資格はないので、極端な話、誰でもが今日から「整体師」と名乗ることができます。このあたりは一般の方はあまり詳しくご存じでなくて、あマし師より整体師の方が上だと思っている方がことのほか多いのが現実です。もちろん勉強を重ねて高い技術力を持つ整体師さんも相当数存在するかと思いますが、何の知識もなく先月業界に入った人が施術している可能性もあります。こういった無資格のマッサージ店の当事者の言い分として「資格を取りたくても取れないから」と主張する人もいますが、それが本音かどうかは疑問です。
3年間学校に通い、学費を払い、国家試験に合格して得る資格。
そこまでして資格を取った人が、果たして無資格店舗で働くでしょうか?

このあたりは機会があればまた別の時に書きたいと思います。