万博中央駅に行ってみた(現・ひたち野うしく駅)

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本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

牛久市の方はご存じかと思いますが、2026年は牛久市の市制40周年だそうです。
以下、牛久市公式ウェブサイトからの抜粋です(2025年12月25日記事)。

令和8年6月、牛久市は市制施行40周年を迎えます。来年40周年を迎えるにあたり、プレイベントとして40周年を迎えたつくば科学万博開催時に、会場までの玄関口となっていた万博中央駅の駅名看板をひたち野うしく駅に「里帰り」させ、これまでを振り返り、これからを考える機会とするため、令和9年3月31日まで期間限定で展示いたします。

左:万博中央駅看板 右:当時の万博中央駅の表示(稲敷郡牛久町)

つくば科学万博は、1985年(昭和60年)3月17日から9月16日まで開催されました。
開催期間中限定で設置されたのが「万博中央駅」で、ここからシャトルバスによるピストン輸送で会場と来場者を結んでいました。
その後1998年に「ひたち野うしく駅」として開業し現在に至ります。
この駅名看板は、長らく牛久市役所の倉庫に眠っていたそうです。
昨年の大阪万博が大きく盛り上がっていたタイミングで早出ししていれば、もう少し注目を集めていたのでは……という気がします、、、

つくば科学万博開催時に「つくば市」はまだ存在していなかった

この辺りの経緯に興味があったので、ちょっと調べてみました。
万博の翌年に牛久町が牛久市になるわけですが、さらにその翌年の1987年、谷田部町・大穂町・豊里町・桜村の4町村が合併して「つくば市」が誕生します(万博の中心地は谷田部町)。
その後、筑波町(1988年)と茎崎町(2002年)が合併し、現在のつくば市の形となりました。
2002年の茎崎町の編入は、いわゆる「平成の大合併」の時期に行われ、全国各地で市町村合併が進んだ中での出来事でした。
なお、牛久市はこの時期も他自治体と合併せず、単独市制を維持しています。

茎崎町の合併をめぐっては、つくば市か牛久市かという議論が実際に存在したようです。
地理的・生活圏的には牛久市との結びつきが非常に強く、茎崎町中心部や住宅地(宝陽台など)は、つくば市中心部よりも牛久駅に近い場所に位置しています。住民の多くは牛久駅を日常的に利用し、買い物、通勤・通学、郵便、医療など、生活の多くが牛久市と一体化していました。そのため、一部の住民感情としては「牛久市との合併が自然」という声が根強くありました。
しかし、茎崎町は国が指定した「筑波研究学園都市」を構成する6町村の一つであり、都市計画やインフラ整備、広域行政において、すでにつくば市となっていた他の5町村と歩調を合わせる必要がありました。茨城県も「研究学園都市としての一体的整備」を重視し、茎崎町をつくば市へ編入させる方向で行政指導を行っていました。
1998年の町長選挙で「つくば市との合併推進」を公約に掲げた候補者が当選したことで、合併議論は本格化し、最終的に2002年のつくば市への編入合併へと至りました。

つくば市の発展

2026年現在、茨城県内で人口の多い上位10自治体は以下の通りです。
1位の水戸市と2位のつくば市は非常に僅差となっており、つくば市が県内最多になるのは時間の問題です。

市町村名 人口(概数)傾向
1 水戸市  約26.6万人 緩やかな減少
2 つくば市 約26.0万人 増加中(全国有数の増加率)
3 日立市 約16.3万人 減少傾向
4 ひたちなか市 約15.3万人 ほぼ横ばい
5 土浦市 約14.1万人 ほぼ横ばい
6 古河市 約13.9万人 ほぼ横ばい
7 取手市 約10.3万人 減少傾向
8 筑西市 約9.8万人 減少傾向
9 神栖市 約9.5万人 微増または維持
10 牛久市 約8.4万人 緩やかな減少

つくば市、守谷市、つくばみらい市など、つくばエクスプレス沿線は人口が増加していますが、日立市などの県北地域や筑西市などは減少が続いています。

牛久市の人口推移
牛久市だけの人口動向をみると、

1980年:約4.0万人 首都圏のベッドタウンとして宅地開発が本格化し、人口が急増し始めた時期
1986年:約5.3万人(市制施行)
2000年:約7.7万人 20年間で人口は約2倍に膨れ上がる
2010年:約8.1万人 1998年の「ひたち野うしく駅」開業に伴う周辺整備により、増加基調が継続
2017年:約8.5万人(ピーク)2017年12月に過去最高を記録し、以降は減少に転じる
2025年時点:約8.3〜8.4万人

2025年7月時点の高齢者人口は約2.5万人(高齢化率31.3%)となっており、少子高齢化が進行しています。

総じて、牛久市結構がんばってるじゃん、っていう印象です